本年の受賞者

第42回(2022年)猿橋賞受賞者 関口仁子氏

研究業績要旨
原子核物理学における三体核力の実験的研究」
“Experimental study of three-nucleon forces in nuclear physics”

陽子と中性子(総称して核子)を非常に狭い空間に閉じ込めて原子核を形作っている力を核力という。核力の主要な部分は、1935年に湯川秀樹によって提唱された、二核子間で中間子という粒子を交換する「二体核力」として理解されてきた。その一方、原子核の中に核子が密集していることから、二体核力の和だけでは表すことができない三核子間に同時に働く「三体核力」の存在も1950年代から予想されていた。1957年には日本の藤田純一と宮沢弘成が三体核力の理論を発表し、その後もさまざまな理論が提案されている。しかしながら、三体核力の実験的検証には長い年月を要し、2002年の関口氏らの論文で初めてその存在が明確に示された。これにより、三体核力の研究は理論予想の段階から実験と理論の比較による定量的な議論の段階へと進むことになった。

 三体核力は二体核力に比べて極めて小さいため、三体核力の検証には厳密な理論計算と高精度の実験の両方が必須である。1990年代後半の理論計算の進展により、核子と重陽子を衝突させる散乱実験(三核子系の散乱実験)において三体核力の効果が観測できる可能性が指摘された。これを受けて、関口氏らは核子あたりの入射エネルギーが135 MeVの陽子-重陽子散乱実験を行ない、二体核力の効果が小さい散乱方向の散乱断面積(注1)に三体核力による増加が見られることを世界で初めて示した。さらに、理化学研究所や大阪大学核物理研究センターにおいて、核子あたり入射エネルギー70〜250 MeVの核子-重陽子散乱実験を系統的に行ない、三体核力の研究に大きく貢献してきた。入射ビームのスピン(注2)がどのような影響を散乱断面積に与え、また、どのくらい散乱粒子に移行するかを調べるために、スピン偏極した(入射粒子のスピンを特定の方向に揃えた)入射ビームを使った散乱実験を行い、三体核力のスピン依存性が既存の理論では十分に説明できないことを示した。最近では、陽子-3He散乱実験(四核子系の散乱実験)によって、三つの陽子間に働くこれまでとは異なる種類の三体核力の探求を始めている。

 関口氏は国際的な実験グループの中心となって高精度の実験結果を積み重ね、三体核力の必要性・重要性を確立した。関口氏らの成果により、現在、原子核物理学においては「三体核力を含む核力から原子核を理解する」ことが共通認識となっている。さらに三体核力は、天文・宇宙物理学の分野で2010年に初めて発見された、従来考えられていた上限値よりも大きな質量を持つ中性子星の理解などにつながることも期待されている。

(注1)散乱断面積:入射粒子が標的粒子に散乱される確率を表す量で面積の次元を持つ。
(注2)スピン:素粒子が持つ固有の角運動量(方向を持つ)を表す量子力学の概念。

埼玉県出身

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