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本年の受賞者

第43回(2023年)猿橋賞受賞者 宮原ひろ子氏

研究業績要旨
「太陽活動の変動のメカニズムおよびその気候への影響に関する研究」
“Mechanisms of solar activity variations and their impacts on climate”

黒点数やフレアー発生数の増減にみられる太陽活動の変動は、およそ11年の周期を基本としている。太陽活動に伴い、太陽が持つ巨大な磁場は大規模に変動し、大局的に見たN極とS極は活動のピークの度に逆転を繰り返している。太陽活動は、近年では地球に到来する(銀河)宇宙線(注1)によってもモニターされている。宇宙線粒子は電荷を持つため、太陽磁場の影響が及ぶ太陽圏内への侵入は常時阻まれているが、太陽活動が弱まると磁場も弱まり、地球にも流入しやすくなるからである。なお、地球に到来する宇宙線量は、太陽磁場の極性によっても影響を受けるので、太陽活動の基本周期の倍の22年周期も示すことが分かっている。

放射性同位元素である炭素14(半減期約5700年)は、大気中の反応で宇宙線が作る中性子が窒素に吸収されてできるので、その量は宇宙線の流入量を反映する。このため植物や湖底の堆積物などに含まれる炭素14の量の測定から、過去の太陽活動の強弱を見積もることができる。宮原ひろ子氏は、長寿命の屋久杉などを使って、年輪を1枚ずつ剥がしてそこに含まれるごく微量の炭素14の量を測定することで、太陽活動の基本周期の長さが長期変動に伴ってどのように変化するのかを前例のない高い精度で復元することに成功した。この研究から宮原氏は、17世紀から18世紀にかけて黒点がほとんど見られなかった時期にも、弱いながらも活動周期が存在し、その長さが14年程度に長くなっていたことを発見した。この太陽活動が不活発な時期は小氷期と呼ばれた寒冷期にあたる。一方で、中世の温暖期の初期にあたる9世紀から10世紀には、太陽活動は非常に活発で、活動周期が9年程度に短くなっていたことも発見した。このことは、太陽活動の長期変動が、太陽内部の循環速度の変化と関係して起こることを示唆している。

木の年輪の成長率からは、当時の気温を知ることができる。宮原氏の解析により、上記の寒冷期と温暖期の時期の気温変動の卓越周期は、それぞれ29年程度と19年程度であったことが分かった。これらは太陽活動周期の2倍の周期に相当しており、気候変動の原因に、宇宙線の地球への流入量の変動が寄与していることを示唆している。太陽活動に伴う日射量の変動は極めて小さいために、これまで謎であった太陽活動と気候変動の相関の原因が、初めて実証的に解き明かされたのである。

宮原氏は、最近では炭素14の測定精度をさらに向上させ、近代の太陽面の直接観察から得られるのとほぼ同じ精度で11年周期を復元できるようにしたほか、過去に起こった巨大太陽フレアーを比較的規模が小さなものまで検出できるようにするなどして、太陽物理学の研究に貢献している。また、もう一つの宇宙線起源の放射性同位元素であるベリリウム10(半減期約140万年)を含む石灰質の堆積物を用いて、数10万年以上にわたって1年分解能で太陽活動を復元できる新たな手法を開発し、炭素14で測定できる時間範囲を超えて太陽活動を詳細に復元するプロジェクトも始めている。現在宮原氏は、武蔵野美術大学に所属しているが、これらの研究は、名古屋大学に始まり、東京大学、国立極地研究所、山形大学などの若い研究者との共同研究で進めてきた。宮原氏が始めた‘宇宙気候学’の新しい研究ネットワークは、自大学のみならず全国的に拡大・発展を続けている。

宮原氏は、太陽活動や太陽系周辺の宇宙環境が地球の気候や気象にどのような影響を及ぼしてきたのかを解説した書籍や、子ども向けの本も出版し、社会的に関心の高い気候変動についての話題を通して、一般の読者や子供たちに科学や研究の面白さを伝えている。

 〔注1〕銀河系内の宇宙空間を飛び回る高エネルギー粒子。大部分は陽子だがヘリウムやさらに重い原子の原子核も含まれる。

埼玉県出身


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