本年の受賞者

第44回(2024年)猿橋賞受賞者 緒方芳子氏

研究業績要旨
「量子多体系の数学的研究」
“Mathematical Studies of Quantum Many-Body Systems”

 緒方氏は数理物理分野、特に量子多体系の数学的な解析において重要な業績をあげ続けてきた。量子多体系とは、 量子力学に従うたくさんの粒子が相互作用している系のことであり、そのミクロな基本法則から自然と起こりうる現象を予言・ 説明することが物性物理学の重要な目標である。こうした問題に対するアプローチには様々なものがあるが、緒方氏は数理物理学者として、厳密な数学の定理の形で可能な限り一般的に証明することで、その問題を解決した。

 量子多体系の本質的な物理的性質は系のサイズを大きくしていった極限で現れる。この無限極限を扱うことを可能にする量子力学の数学的なフレームワークとして作用素環論がある。緒方氏はこれまでに、この作用素環論の枠組みにおいて、熱の流れを説明するグリーン・久保公式の数学的に厳密な導出(ヤクシック、ピレ氏との共著)、物理系が大きくなるに従って粒子密度のような巨視的物理量の量子性(非可換性)が失われるというフォンノイマンの提起した問題を明確に肯定するような業績を残してきた。さらに近年は物質のトポロジカル相と呼ばれるテーマの研究を精力的に推進している。

 トポロジカル相は、2016年のノーベル物理学賞の対象となった大きな注目を集めるテーマである。物質の中で粒子たちがどのように相互作用しているかを規定するのがハミルトニアンと呼ばれるエネルギーを表す演算子である。物理系をどんどん冷やしていって絶対零度となった状態を基底状態というが、基底状態がどのような様子をしているかは、このハミルトニアンがどういう性質を持つかに依る。近年、このハミルトニアンで、「スペクトル(エネルギー準位)にギャップがあるもの」が興味を持たれている。スペクトルギャップを持ったハミルトニアンの基底状態は、「二つの遠く離れた領域の物理量はほぼ独立である」という性質を持つ。この相関の小さな状況は、一見つまらないように思える。しかし、「スペクトルギャップを保ったまま滑らかに移り合えるか」という視点からの分類問題を考えたとき、繋がらないハミルトニアンたちがあるという極めて面白い事が物理学者らによって提唱されていた。具体的なモデルやモデル群、あるいは直感に訴えた議論によって、物理学者は、「互いに移り合うことの出来るハミルトニアンのファミリー」が様々な数学的対象でラベルづけ出来ると予想した。緒方氏は、この予想のいくつかが正しいことを数学的に厳密に証明した。

 

作用素環論  量子力学においては、観測可能な物理量はもはや数ではなく、サイズ無限大の行列として表される。そのような行列のことを数学では作用素、物理学では演算子と呼ぶ。この作用素も数と同じように足したり掛けたりできるが、自由に足したり掛けたりできる作用素の集まりを作用素環という。これは量子力学の数学的取り扱いのために、フォンノイマンが20世紀前半に導入したものである。それからさらに大きく発展して、現在ではさまざまな数学的構造を調べる道具としてさかんに研究されている数学の分野である。

大阪府出身


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